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福岡地方裁判所 昭和57年(ワ)1115号 判決

原告

金井達雄こと金宗潤

被告

楢原啓

ほか二名

主文

一  被告楢原啓は原告に対し金一四四万五九七〇円及びこれに対する昭和五五年七月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告博多自動車有限会社及び被告徳永孝義は各自原告に対し金一〇六八万三三六九円及びこれに対する昭和五五年七月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  この判決は右一、二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

1  請求の趣旨

一  被告らは各自原告に対し二九二六万八〇二七円及び内金二八二六万八〇二七円に対する昭和五五年七月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行の宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(被告楢原の答弁)

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

三 仮執行免脱の宣言

(被告会社及び被告徳永の答弁)

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

1  請求の原因

一  事故の発生

原告は、次の交通事故により、傷害を負つた。

(一) 本件第一事故

(1) 日時

昭和五五年五月七日午後五時四〇分頃

(2) 場所

福岡県春日市須玖一〇六九番地(銀天方向から井尻方向への道路と須玖方向からの道路の丁路交差点内)

(3) 被告楢原車 普通乗用自動車(福岡五七に二二七九)

運転者 被告楢原

(4) 原告車 普通乗用自動車(福岡五七む二九三二)

運転者 原告

(5) 態様

銀天方向から井尻方向への直進原告車と須玖方向から井尻方向への右折被告楢原車の丁字交差点内の衝突事故

(二) 本件第二事故

(1) 日時

昭和五五年七月四日午後二時四〇分頃

(2) 場所

福岡市片江九八一番地の五(片江方向から千代方向へ若干右カーブの直線道路)

(3) 被告徳永車 普通乗用自動車(福岡五五う二七七)(タクシー)

運転者 被告徳永

(4) 原告車 普通貨物自動車(福岡四五そ三七五六) (最大積載量二トン)

運転者 原告

(5) 態様

片江方向から千代方向への直進原告車と千代方向から片江方向への直進被告徳永車の対向衝突事故

二  責任原因

(一) 本件第一事故

(1) 被告楢原は被告楢原車の運行供用車である。

(2) 被告楢原は、被告楢原車を運転して前記丁字交差点に進入するに際し、一旦停止義務及び左方安全確認義務を怠り、一旦停止せず且つ時速約四〇キロメートルの速度で右交差点に進入した過失がある。

(3) 従つて、被告楢原は、自賠法三条、民法七〇九条に基づき、本件第一事故に因り原告に生じた損害を賠償する義務を負つている。

(二) 本件第二事故

(1) 被告会社は被告徳永車の運行供用者である。

(2) 被告徳永は、被告会社の従業員であるが、同会社の業務に従事中、道路左側通行義務を怠り、道路中央線を越えて進行した過失がある。

(3) 従つて、被告会社は自賠法三条、民法七一五条に基づき、被告徳永は民法七〇九条に基づき本件第二事故に因り原告に生じた損害を賠償する義務を負つている。

(三) 被告らの責任の関係

原告は本件第一事故により頸部捻挫、腰部捻挫の傷害を負い、鋭意治療中、本件第二事故により右と同様の傷害を受け、本件第一事故による傷害の回復を遅延拡大させられた。

従つて、本件第一事故から本件第二事故までの損害は被告楢原が単独で負担すべき関係にあるが、本件第二事故以降の損害は、民法七一九条の共同不法行為として、被告ら全員が不真正連帯の関係において負担すべきものである。

三  損害

(一) 治療経過

(本件第二事故までの治療経過)

誠十字外科整形外科医院

昭和五五年五月八日から同年七月三日まで通院(実日数四八日)

(本件第二事故以降の治療経過)

(1) 誠十字外科整形外科医院

イ 昭和五五年七月五日から昭和五七年三月二六日まで通院(実日数三六一日)

ロ 昭和五七年四月一日から昭和五八年八月三一日まで通院(実日数三四一日)

ハ 昭和五八年一〇月一一日から昭和六〇年四月三〇日まで通院(実日数三五一日)

ニ 昭和六〇年五月二日から同年六月二九日まで通院(実日数二九日)

(2) 千鳥橋病院

昭和五七年三月二一日通院

(3) 福岡市立第一病院

イ 昭和五七年三月二七日から同年五月一一日まで入院(四六日)

ロ 昭和五七年五月一二日から昭和五八年四月六日まで通院(実日数四〇日)

(4) 九州大学医学部付属病院

昭和五七年六月二三日通院

(5) 大城外科胃腸科医院

イ 昭和五七年七月二八日、二九日通院(実日数二日)

ロ 昭和五八年三月二八日から同年一二月二八日まで通院(実日数三三日)

ハ 昭和五九年一月四日から同年一月二四日まで通院(実日数四日)

(6) 木村外科病院

昭和五八年四月四日から同年七月八日まで通院(実日数五日)

(7) 総合せき損センター整形外科

イ 昭和五八年七月二二日から同年八月一五日まで通院(実日数三日)

ロ 昭和五八年九月一日から同年一〇月一一日まで入院(四一日)

ハ 昭和五八年一〇月三一日通院

ニ 昭和六〇年六月二六日通院

(二) 具体的損害

(本件第二事故までの損害) 合計一二五万〇六五一円

(1) 治療費 三二万〇三〇〇円

前記誠十字外科整形外科医院通院(昭和五五年五月八日から同年七月三日までの間実日数四八日)治療分

(2) 休業損害 四二万〇七五一円

原告は、昭和二七年六月一三日生(本件第一事故当時二七歳)で、土木業を営み、少なくとも年間二七四万二四〇〇円(昭和五五年度賃金センサス企業規模計、学歴計による当該年齢の平均賃金)の収入を得ていたが、本件第一事故に因り本件第二事故までの間の五六日間休業を余儀なくされ、四二万〇七五一円の損害を受けた。

(3) 通院交通費 九六〇〇円

前記誠十字外科整形外科医院通院四八回分一回当り往復二〇〇円

(4) 慰謝料 五〇万円

(本件第二事故以降の損害) 合計三二三二万四一三六円

(1) 治療費 六九六万七九五九円

イ 誠十字外科整形外科医院 六七三万四二二七円

昭和五五年七月五日から昭和五七年三月二六日まで通院(前記(一)(1)イに対応)分二六四万八九九〇円、同年四月一日から昭和五八年八月三一日まで通院(前記(一)(1)ロに対応)分三四九万八九二〇円、同年一〇月一一日から昭和六〇年四月三〇日まで通院(前記(一)(1)ハに対応)分五三万五二八四円(生活保護による治療費補助により福岡市から直接同病院に支払われているが、将来原告に請求がくる分)、同年五月二日から同年六月二九日まで通院(前記(一)(1)ニに対応)分五万一〇三三円(原告は右期間中国民健康保険を利用して治療費全額の三割に相当する自己負担金一万五三一〇円を支払つたが、将来国から残七割分の請求があるので、治療費全額五万一〇三三円が損害となる。)

ロ 千鳥橋病院(前記(一)(2)に対応) 二二八〇円

ハ 福岡市立第一病院 一六万三七六七円

昭和五七年三月二七日から同年五月一一日入院(前記(一)(3)イに対応)分一四万三六五二円、同年五月一二日から昭和五八年四月六日まで通院(前記(一)(3)ロに対応)分二万〇一一五円

ニ 九州大学医学部付属病院(前記(一)(4)に対応) 二九九一円

ホ 大城外科胃腸科医院 四万九〇一〇円

昭和五七年七月二八日、二九日通院(前記(一)(5)イに対応)分九一六〇円、昭和五八年三月二八日から同年一二月二八日まで通院(前記(一)(5)ロに対応)分三万六七三〇円、昭和五九年一月四日から同年一月二四日まで通院(前記(一)(5)ハに対応)分三一二〇円

ヘ 木村外科病院(前記(一)(6)に対応) 四〇二四円

ト 総合せき損センター整形外科 一万一六六〇円

昭和五八年七月二二日から同年八月一五日まで通院(前記(一)(7)イに対応)分五三一〇円、同年九月一日から同年一〇月一一日まで入院(前記(一)(7)ロに対応)分七五〇円、昭和五八年一〇月三一日通院(前記(一)(7)ハに対応)分五〇〇円、昭和六〇年六月二六日通院(前記(一)(7)ニに対応)分五一〇〇円(原告は右期間中国民健康保険を利用して治療費全額の三割に相当する自己負担金一五四〇円を支払つたが、将来国から残七割分の請求があるので、大概治療費全額に相当する五一〇〇円が損害となる。)

(2) 交通費 八万三七四〇円

イ 誠十字外科整形外科医院 八万二七九〇円

昭和五五年七月五日から同年一〇月三一日まで通院実日数四五日分九〇〇〇円(一回バス往復二〇〇円)、同年一一月一日から昭和五七年三月二六日まで通院実日数三一六日分七万三七九〇円(昭和五七年三月二三日タクシー往復一五二〇円、同月二四日タクシー往復一七九〇円、同月二五日タクシー往復一六二〇円、その余の三一三日バス往復一日当り二二〇円の六万八八六〇円)

ロ 福岡市立第一病院 九五〇円

昭和五七年三月二七日入院時 タクシー代九五〇円

(3) 入院雑費 三万二二〇〇円

福岡市立第一病院入院四六日(前記(一)(3)イに対応)間、一日当り七〇〇円

(4) 休業損害 一六二四万〇二三七円

原告は、前記土木業を営んでいたが、昭和五五年七月五日から昭和五七年五月一一日まで一年一〇月と七日間休業し、前記昭和五五年度賃金センサスによる年収二七四万二四〇〇円の割合による五〇七万九三三七円の損害を受け、さらに昭和五七年六月一二日から昭和六〇年六月一一日までの三年間休業し、昭和五七年度の満三〇歳の男子労働者学歴計の平均賃金年収三七二万〇三〇〇円の三年分一一一六万〇九〇〇円の損害を受けた。

(5) 慰謝料 八〇〇万円

(6) 弁護士費用 一〇〇万円

(三) 損害の填補

原告は、被告楢原車及び被告徳永車の自賠責保険から各一二〇万宛並びに被告楢原から四〇万円合計二八〇万円を受領した。

よつて、被告楢原車の自賠責保険及び被告楢原からの受領分合計一六〇万円の内金一二五万〇六五一円を本件第一事故までの損害の填補に充当し、残余の三四万九三四九円及び被告徳永車の自賠責保険分一二〇万円合計一五四万九三四九円を本件第二事故以降の損害の填補に充当したので、本件第二事故までの未填補の損害は〇円、本件第二事故以降の未填補の損害は三〇七七万四七八七円となる。

四  結び

よつて、原告は被告らに対し各自本件第二事故以降の未填補の損害額の範囲内で二九二六万八〇二七円及び弁護士費用相当額を除く内金二八二六万八〇二七円に対する本件第二事故の日の翌日である昭和五五年七月五日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求の原因の認否

(被告楢原の認否)

一(一) 請本の原因一(一)の本件第一事故の発生に関する事実は認めるが、原告が右事故により傷害を負つたとの事実は否認する。

(二) 同一(二)の事実は不知

二(一) 同二(一)(1)の事実は認め、(2)の事実は否認する。

(二) 同二(二)の各事実は不知

(三) 同二(三)の事実中、原告が本件第一事故に因り傷害を負つたとの事実は否認し、その余の事実は不知

三(一) 同三(一)の事実は不知

(二) 同三(二)の事実は不知

(三) 同三(三)の損害の填補に関する事実は認める。

四 原告は、本件第一事故前にも、被告会社及び被告徳永が主張するように、本件以前の第一事故及び本件以前の第二事故にあつて、頸部捻挫及び腰部捻挫の傷害を負つている。右の受傷の部位、態様は本件における原告の主張と同一であるだけでなく、本件第一事故の際受傷の程度はむしろ被告楢原の方が重く、原告の方は軽かつたのであり、原告の治療経過を見ても、専ら自覚的所見に基づくものであつて他覚的所見は認められないのであるから、原告主張の傷害及び症状は本件第一事故と因果関係を有しないし、仮にこれを肯定するとしても、原告の傷害及び症状は昭和五六年二月末日、遅くとも同年六月三〇日には治癒ないし固定していたと見るべきである。なお、原告は昭和五八年九月頃総合せき損センターにおいて椎間板症の診断を受けているが、右診断の主訴である両足のしびれ感等は、本件第一事故の当時全く発現しておらず、右診断において初めて問題とされているのであつて、右椎間板症は日常的な打撲、運動、加齢等による変性等に因るものであり、本件第一事故に因るものではない。また、右椎間板症の存在によつて、前記原告の症状固定の時期を左右するものではない。

(被告会社及び被告徳永の請求の原因の認否)

一(一) 請求の原因一(一)の事実は不知

(二) 同一(二)の事実は認める。

二(一) 同二(一)の各事実は不知

原告車は、被告楢原車と同程度の重量の車両であり、被告楢原車の右前部に衝突した後、道路左側のブロツク塀に激突し、ブロツク塀を壊している。両車両の損傷程度も大きい。本件第一事故は本件第二事故よりも衝突の程度は大きい。

(二) 同二(二)の各事実は認める。

被告徳永車(タクシー)は、カーブに沿つて時速約二〇キロメートルをこえない速度で進行中、道路中央線を約七〇センチメートル越え、対向直進車線上の原告車に衝突したものである。原告は、衝突地点から約七メートルないし八・五メートル手前で被告徳永車を発見し、急制動の措置をとり、衝突時点では既に停止していた。原告は、運転歴も長く、衝突も十分予知していて、衝激防御姿勢も十分とつていた。一方、被告徳永は、原告車を発見して直ちに急制動の措置をとつており、衝突時の速度は時速二〇キロメートル以下である。衝突の部位は、それぞれ右前部ヘツドライトの周辺であり、各車両の損傷の程度は軽微であり、衝突による衝撃も軽微であつた。被告徳永車の乗客進藤文(当時六八歳)は通院二三日間(実日数四日)を要する口内挫創、左下腿頸椎捻挫の傷害を負つたにすぎない。被告徳永は何ら受傷していない。

これを要するに、本件第二事故はごく軽度の交通事故であつて、原告の傷害ないし症状は、本件第二事故に因つて生じたものではない。

(三) 第二(三)の事実は否認する。

三(一) 同三(一)の事実は不知

(二) 同三(二)の事実は不知

(三) 同三(三)の損害の填補に関する事実は認める。

四(一) 原告は、本件第一事故及び本件第二事故以前に、次の交通事故にあつている。

(1) 本件以前の第一事故

日時 昭和五一年四月四日

加害者 金井和幸(西日本タクシー)

傷病名 頸部挫傷、腰部挫傷

治療機関 溝口外科病院、誠十字外科整形外科医院

治療期間 昭和五一年四月四日から同年一〇月一八日まで

後遺症 不明

(2) 本件以前の第二事故

日時 昭和五五年二月一一日

加害者 古田信江

傷病名 頸部捻挫、腰部捻挫

治療機関 木村外科病院、誠十字外科整形外科医院

治療期間 昭和五五年二月一一日から同年五月七日まで

(二) 原告は、四回の交通事故とも、頸部捻挫、腰部捻挫と診断されている。本件以前の第二事故と本件以前の第一事故との間には約四年近くの間隔があるが、本件以前の第一事故によつて後遺症が発生したか否か明らかではない。原告は、本件以前の第二事故による治療中に本件第一事故にあつている。従つて、原告は、本件第一事故及び本件第二事故にあわなくても、頸部捻挫及び腰部捻挫の治療を受けていたはずのものであり、原告の傷害は、本件第一事故及び本件第二事故とりわけ本件第二事故との間で条件関係ないし相当因果関係を欠くものである。

(三) 仮に原告の傷害と本件第一事故及び本件第二事故との間に因果関係があるとしても、その症状は頂部痛、背部痛、腰部痛であり、事故態様、治療経過及び治療内容等に鑑み、事故の重複と治療の長期化からくる心因性の要素が介在しているものであり、原告の症状は昭和五五年九月二四日又は昭和五六年二月末日遅くとも同年六月三〇日までには治癒しているか、症状が固定しているものである。従つて、同日までに原告に生じた損害が賠償の対象になるにすぎない。また、原告の傷害につき本件第一事故に因る因果関係の占める割合が最も大きく、本件第二事故に因るそれは小さい。

3  被告楢原の抗弁

本件第一事故は、丁字交差点において、被告楢原車が突き当り路を右折するに際し、交差点の直前で一旦停止して交差直線路の安全を確認のうえ、さらに交差点内で直線路の安全を確認して、時速約一〇キロメートルの速度で右折進行したところ、直線路を少なくとも時速約七〇キロメートルの速度で進行してきた原告車が被告楢原車の右折進行を認めながら、右交差点において何ら減速、徐行をしなかつたために、原告車が被告楢原車に追突したものである。よつて、本件第一事故の右の態様、原因に照らし、少なくとも六割の過失相殺をするのが相当である。

4  原告の被告楢原の抗弁の認否

抗弁事実中原告の過失に関する事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

(一)  本件以前の第一事故

成立に争いのない甲第一七二号証、証人諫山久義の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は昭和五一年四月四日自動車を運転中、金井和幸運転の自動車(タクシー)と衝突し(本件以前の第一事故)、頸椎挫傷及び胸部挫傷の傷害(腰部には傷害がなかつた。)を負い、同日から同年一〇月七日までの間、溝口外科整形外科及び誠十字外科整形外科医院で通院治療を受け、項部痛等の自覚症状が遷延したが、X線検査等による他覚的所見は認められず後遺症を残さず同日治癒したことが認められる。

(二)  本件以前の第二事故に至る直前頃の状況

成立に争いのない乙第八号証、証人諫山久義及び同服部進(第一回)の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、原告は昭和五五年二月五日、背腰筋痛を訴え、誠十字外科整形外科医院で診療を受けたが、X線検査等による他覚的所見はなかつたことが認められる。

(三)  本件以前の第二事故

成立に争いのない乙第六号証及び同第七号証、前示乙第八号証、証人諫山久義及び同服部進(第一回)の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、原告は右(二)の治療継続中の昭和五五年二月一一日午後六時頃自動車を運転している際、古田信江運転の自動車と衝突し、(本件以前の第二事故)、頸部捻挫及び腰部捻挫の傷害を負い、(1)昭和五五年二月一一日から同年三月一二日まで木村外科病院で通院治療(実日数一七日)を受け、頸部痛等が持続したが、×線検査等による他覚的所見は認められなかつたこと、(2)昭和五五年二月一三日から同年五月七日まで右(二)の治療に継続して、誠十字外科整形外科医院に通院(実日数八日)して温熱療法及び腰部牽引等の治療を受けたこと、原告は胸椎及び腰椎の下部に痛みを訴えていたが、他覚的所見は認められなかつたこと、(3)右(2)の治療は前示(二)の治療に引続き行われているが、原告は同年五月二日になつて始めて本件以前の第二事故にあつたことを医者に告げていることが認められる。

本件以前の第二事故の衝突の程度を認定するに足る確たる証拠はない。

(四)  本件第一事故

請求の原因一の事実中本件第一事故の発生の事実については、原告と被告楢原間には争いがなく、原告と被告会社及び被告徳永間においては成立に争いのない乙第一及び第二号証の各一、二、同第三号証、同第四号証によつてその事実が認められる。

右事実、前示乙第八号証、証人諫山久義及び同服部進(第一、二回)の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、原告は誠十字外科整形外科医院における右(三)の本件以前の第二事故に因る治療の継続中の昭和五五年五月七日に本件第一事故にあつている事実が認められる。

(五)  本件第二事故

請求の原因一の事実中本件第二事故の発生の事業については、原告と被告会社及び被告徳永間には争いがなく、原告と被告楢原間においては原本の存在成立に争いのない甲第七一ないし七四号証によつてその事実が認められる。

右事実、前示乙第八号証、証人諫山久義及び同服部進(第一、二回)の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、原告は誠十字外科整形外科医院における右(四)の本件第一事故に因る治療の継続中の昭和五五年七月五日に本件第二事故にあつている事実が認められる。

二  責任原因

(一)  被告楢原

被告楢原が本件第一事故の被告楢原車の運行供用者である事実は原告と被告楢原間に争いがないので、被告楢原は自賠法三条に基づき本件第一事故に因り原告に生じた損害を賠償する責任がある。

被告楢原は本件第一事故について原告の過失をその責任分担につき考慮すべき旨過失相殺の主張をしているので、この点について、ここで判断する。

(1)  前示事実、前示乙第一及び第二号証の各一、二、同第三号証、同第四号証、証人小田部正治の証言、原告及び被告楢原各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

イ 本件第一事故の現場は、銀天方向から井尻方向への直線路と須玖方向からの突き当り路が交差する交通整理の行われていない丁字交差点内である。直線路は幅員約五・六メートル、上下各一車線、両側に路側帯があり、突き当り路は幅員約五・一メートルである。制限最高速度は時速四〇キロメートルである。

ロ 突き当り路から直線路の左右方向への見通し及び直線路から突き当り路右方への見通しはともに不良であるが、カーブミラーによると突き当り路から直線路左方約五〇メートルを確認することができる。本件第一事故現場の道路はアスフアルトで舗装された平坦な道路であり、路面は事故当時乾燥しており、事故後原告車の進路上に原告車による約一八メートルの制動痕が残つていた。

ハ 本件第一事故に因り、原告車は右前バンパー、フエンダー及び左フエンダーを小破し、被告楢原車は左前フエンダー、前部バンパー及びラジエーターを中破した。

ニ 被告楢原は、突き当り路を須玖方向から進行してきて交差点入口で一旦停止し、前方のカーブミラーにより直線路左右の安全を確認して右方からの二台の直進自動車を通過させた後、さらに発進しながら前方のカーブミラーで直線路左方を確認したが原告車を発見できないまま約六・六メートル右折進行した頃、直線路左方から進行してきた原告車の右前部ないし右前側部に自車の左前部ないし左前側部を衝突させ、約五・八メートル右前方の道路右側の電柱に衝突して停止した。

ホ 原告車は、直線路を銀天方向から交差点にさしかかり、交差点の手前約二八メートルの位置で、突き当り路から交差点に進入しつつある被告楢原車を発見して急制動の措置をとつたが及ばず、右折進行中の被告楢原車の左前部ないし左前側部に自車の右前部ないし右前側部を衝突させ、約六・六メートル左前方の道路左側のブロツク塀に衝突して停止した。

(2)  右認定の本件第一事故現場の状況、交通規制、事故後の状況とりわけ原告車による制動痕の状況、事故態様等を総合すると、本件第一事故は、見通しの悪い丁字交差点において突き当り路から交差点に進入し右折進行するに際し、左方直線路の安全確認が不十分であつた被告楢原車の過失に主として起因するが、原告車にも時速四〇キロメートルの制限速度に反し少なくとも時速六〇キロメートルの速度で進行していた過失があつたと認められるので、原告は本件第一事故に因り生じた原告の損害につき二〇パーセントの責任を分担すべく、過失相殺するのが相当である。

尚、右の本件第一事故の態様及び状況から、原告の受けた傷害及び症状の程度を推認したり、後示の長期に亘る診療の相当性を判断したりするのは困難である。

(二)  被告会社及び被告徳永

(1)  被告会社が本件第二事故の被告徳永車の運行供用者である事実は原告と被告会社間に争いがないので、被告会社は自賠法三条に基づき本件第二事故に因り原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(2)  被告徳永が被告徳永車を運転して千代方向から片江方向へ進行中道路中央線を越え対向直進中の原告車に衝突した事実は、原告と被告徳永間に争いがないので、被告徳永には道路左側通行帯保持義務に反した過失が明らかであるから、被告徳永は民法七〇九条に基づき本件第二事故に因り原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(3)  そして、前示甲第七一ないし七四号証、文書の趣旨形式により真正に成立したものと認める乙第一二号証の一ないし四及び弁論の全趣旨によると、本件第二事故に関し、次の事実が認められる。

イ 本件第二事故の現場は片江方向から千代方向への若干右カーブの直線路上である。右直線路の東側には神松寺方向から堤方向へ通じる直線路が丁字交差をしている。右事故現場の直線路の幅員は約四・八メートル、上下各一車線、制限最高速度は時速三〇キロメートルである。

ロ 原告車進路の片江方向から千代方向、被告徳永車進路の千代方向から片江方向とも対向方向の見通しは不良である。路面はアスフアルトで舗装され、平坦で、事故当時乾燥していた。事故後、原告車の進路上に左右前輪による各約三・二メートルの制動痕が残つていた。

ハ 本件第二事故に因り、原告車は右前部バンパー及びボデイを各凹損し、被告徳永車は右前部バンパー、フエンダー及びボンネツトを各凹損した。

ニ 原告車は片江方向から千代方向へ進行してきて時速約二〇キロメートルの速度で本件第二事故現場に至り、前方約一一メートルの位置に道路中央線を越えて対向進行してくる被告徳永車を発見し急制動の措置をとり約八・五メートル進行して停止した頃、自車の右前部に被告徳永車の右前部による衝突を受けた。

ホ 被告徳永車は神松寺方向から進行してきて前示丁字交差点を右折し、時速約二〇キロメートルの速度で本件第二事故現場に至り、道路左側の電柱に気をとられて前方に対する注意を欠き道路中央線を越えて進行する間、前方約一〇メートルの位置に対向進行してくる原告車を発見し急制動の措置をとつたが及ばず約三メートル進行して、停止直後の原告車の右前部に自車の右前部を衝突させて停止した。

ヘ 被告徳永車(タクシー)の乗客進藤文は本件第二事故に因り通院二三日間(実日数四日)を要する口内挫創、左下腿頸椎捻挫等の傷害を負つた。被告徳永は何ら受傷していない。

右認定の本件第二事故の態様、状況及び他の交通関与者の傷害の程度から、原告の受けた傷害及び症状の程度を椎認したり、後示の長期に亘る診療の相当性を判断したりすることは困難である。

三  本件第一事故に因る本件第二事故発生までの損害(被告楢原の責任)

(一)  前示事実を総合すると、本件以前の第一事故及び本件以前の第二事故に因る各寄与度の存否、その程度並びに過失相殺の点を留保すると、本件第一事故の発生に因り本件第二事故の発生までに生じた損害については、被告楢原が単独で責任を負うべきものであるから、その損害について判断する。

(二)  前示乙第六号証、証人諫山久義及び同服部進(第一、二回)の各証言により真正に成立したものと認める甲第四ないし七号証、右各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、原告は本件第一事故に因り頸部捻挫及び腰部捻挫の傷害を負い、昭和五五年五月八日から同年七月三日まで誠十字外科整形外科医院に通院(実日数四八日)した事実が認められ、この間の原告の症状、治療経過等に関し次のとおり認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  原告は、本件以前の第二事故に因り前示一(三)のとおり誠十字外科整形外科医院で治療中の昭和五五年五月七日、本件第一事故にあい、翌八日同医院を訪れ、頸部痛、頭痛、首がまわらない、腰部から下肢にかけて痛いといつた症状を訴え、頸椎前後屈制限、両横突起列圧痛が認められたが、X線検査によつても頸部に他覚的所見は認められなかつた。

(2)  原告は、その後、頸部だけではなく、五月九日には背部痛を、五月一二日には腰部痛を、五月一四日には眼精疲労感を訴える等、次第に身体の異なる部位の異常を訴えたが、五月一四日の第一〇胸椎及び第一腰椎のX線検査によつても他覚的所見は認められず、六月一三日の段階では日によつて首筋を動かすと痛いという程度にまで軽快し、六月一六日には医者は原告に対し「ぼつぼつ身体を使つてもよかろう。」と伝えている。

(3)  原告は、右の期間及び同年七月三日までの間、同医院で薬物療法、理学療法及び局所注射等の治療を受けている。

(4)  そして本件第二事故の発生直前頃までには、原告の症状は完治までには至つていなかつたが、全体的には病状は軽快し、症状固定の状態に近づきつつあつた。

(三)  右認定判断に、前示甲第四ないし七号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、前示本件以前の第一事故及び本件以前の第二事故による各寄与度の存否、その程度並びに過失相殺の点を留保すると、原告は本件第一事故の発生に因り本件第二事故の発生までの間に次の損害を蒙つた事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

(1)  治療費 三二万〇三〇〇円

誠十字外科整形外科医院通院(昭和五五年五月八日から同年七月三日までの間実日数四八日)治療費(甲第四ないし七号証)

(2)  休業損害 四一万五八七七円

原告は昭和二七年六月一三日生れ(本件第一事故当時二七歳)で、土木業に従事し、賃金センサス昭和五五年度福岡男子二五歳ないし二九歳全産業平均賃金年収二五七万二八〇〇円(最高裁判所事務総局編民事裁判資料第一四二号五七頁)を下ることのない収入を得ていたところ、本件第一事故による受傷の結果、同事故発生の日から本件第二事故発生当日までの五九日間就労できず、四一万五八七七円の収入を失つた。

(3)  通院交通費 九六〇〇円

前示誠十字外科整形外科医院通院四八回分、一回当り往復二〇〇円の合計九六〇〇円

(4)  慰謝料 三〇万円

前示通院の事実、受傷の部位、程度、治療経過その他諸般の事情を総合すると、原告が本件第一事故により本件第二事故発生までの間に蒙つた精神的損害に対する慰謝料は三〇万円をもつて相当とする。

(5)  右(1)ないし(4)の損害の合計は一〇四万五七七七円となる。

四  本件第二事故発生以後の損害(被告全員の責任)

(一)  原告は、本件第二事故発生以後に生じた全損害は、被告楢原を責任主体とする本件第一事故による負傷が治癒しないうちに、被告会社及び被告徳永を責任主体とする本件第二事故によつてその結果を増大させたものであるから、両事故は共同不法行為となり、被告らは右全損害を連帯して賠償すべきものと主張する。

しかし、共同不法行為の成立には、事故を起した各加害行為がそれぞれ独立した不法行為の要件を満すほかに、両加害行為間に関連共同性が存在しなければならない。そして、共同不法行為が成立すれば、各責任主体は全損害を連帯して賠償すべき責任が生ずるのであつて、そのことが被害者の保護を厚からしめるものであり、反面において債務の全額連帯という債務者側の責任を加重することの合理性は、右加害行為の関連共同性に求められるべきものであるから、両加害行為が社会的に見て一個の加害行為と認められる様な場合にのみ右関連共同性があるものといえ、そのような場合以外にこれを拡張すべきものではないというべきである。

ところで、前示の事実から明らかなように、本件においては、本件第一事故と本件第二事故の各加害行為間(さらに本件以前の第一事故及び本件以前の第二事故の各加害行為間でも)に何ら意思的共同性のないことはいうまでもなく、また両者の過失(運行)行為が競合して一個の事故を発生させたというのでもなく、本件第一事故自体又はそれによる負傷が原因となつて本件第二事故を誘発したような各加害行為間の連鎖関係もないのであつて、両加害行為間に共同不法行為の成立は認め難いものといわなければならない。尤も後に判断するところから明らかなように、本件第二事故以後に生じた損害には、本件第一事故(さらに本件以前の第二事故)による頸部捻挫、腰部捻挫の傷害を受けていたため、本件第二事故だけでは発生しなかつた長期の診療を要する頸部捻挫、腰部捻挫の各傷害を生じ、また後遺症も増大したと認められる損害部分(原因競合部分)の存することが認められ、原告の主張は、本件第二事故発生以後の全損害をそうした性質のものとして把握し、それを結果発生に対する共同加功として把え、そこに共同不法行為の成立を肯認すべきものと主張しているものと解せられる。

しかし、前示共同不法行為の成立において関連共同性が必要とされる趣旨からみると、右被害の増大についての相互加功性があるというだけで、そこから加害行為の関連共同性を導きだし、あるいはそのことから直ちに、加害行為の関連共同性を導きだし、あるいはそのことから直ちに、加害行為の関連共同性を不問にして共同不法行為の成立を肯認することは、民法七一九条の適用を不当に拡張するものであつて相当ではなく、右損害部分については両加害行為の寄与度に応じて、その責任を分担させるのが相当である。

(二)  そうすると、本件第二事故発生以後の損害についても、本件第一事故及び本件第二事故とそれぞれ相当因果関係(寄与度)のある各損害を算出すべきことになるが、その点を留保し、まず、本件第二事故発生以後の全損害について判断する。

(三)  前示事実、成立に争いのない甲第一六九号証、同第一七〇号証及び乙第八号証、文書の趣旨形式により真正に成立したものと認める甲第一一ないし六一号証、同第六九号証、同第七〇号証、同第七五号証、同第七六号証、同第八五ないし九六号証、同第九九ないし一二七号証、同第一三一ないし一四五号証、同第一四七ないし一六八号証、同第一七一号証、同第一七三ないし二一四号証及び同第二三〇ないし二四〇号証、証人諫山久義及び同服部進(第一、二回)の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、原告は本件第二事故に因り頸部捻挫、腰部捻挫の傷害を負い、請求の原因三(一)(本件第二事故以降の治療経過)欄(1)ないし(7)記載のとおり入通院した事実が認められ、この間の原告の病状、治療経過等に関し次のとおり認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  原告は本件第一事故に因り前示三(二)のとおり誠十字外科整形外科医院で治療継続中の昭和五五年七月四日本件第二事故にあい、翌五日同医院を訪れ、頸部痛、項部痛、背部痛、腰部痛を訴えたが、同月七日の頸椎のX線検査によつても頸部に他覚的所見は認められなかつた。

(2)  原告は右治療の継続として、誠十字外科整形外科医院で、(イ)昭和五五年七月五日から昭和五七年三月二六日まで通院(実日数三六一日)(甲第一一ないし三〇号証)、(ロ)昭和五七年四月一日から昭和五八年八月三一日まで通院(実日数三四一日)(甲第六九、七〇、八五、八六及び一七三号)、(ハ)昭和五八年一〇月一一日から昭和六〇年四月三〇日まで通院(実日数三五一日)(甲第一七四ないし一九二号証)、(ニ)昭和六〇年五月二日から同年六月二九日まで通院(実日数二九日)(甲第一九三ないし二一一号証)治療を受けた。

右期間中の治療内容は、全期間を通じて略同一で、原告は温熱療法、マツサージ、低周波の電通、頸部腰部の牽引等の理学療法を受けたり、鎮痛剤、末梢循環促進剤、ビタミン剤等の投与を受けている。

原告は右期間中の(イ)前示昭和五五年七月五日に頸椎、(ロ)昭和五六年二月一六日に腰椎、(ハ)昭和五六年七月一〇日に頸椎及び腰椎、(ニ)昭和五七年四月一日から同年六月三〇日までの期間中に腰椎、(ホ)昭和五七年八月一日から昭和五八年八月三一日までの期間中に腰椎、(ヘ)昭和五九年三月に頸椎、(ト)昭和五九年四月に腰椎、(チ)昭和五九年七月に腰椎、(リ)昭和五九年一〇月に腰椎、(ヌ)昭和五九年一一月に頸椎の各X線検査を受けた。右検査結果によると頸部に他覚的所見は認められなかつた。また、腰部については、昭和五六年頃から第四、第五腰椎間が若干狭くなつているという印象を医者に与えているが、右検査にあつては腰部の最大前屈位、最大後屈位及び側面の各撮影が行われていないこともあつてか、第四、第五腰椎間及び第五腰椎、第一仙椎間の各椎間板症並びに不安定性等の他覚的所見は認められなかつたが、同医院の依頼により行われた後示総合せき損センター整形外科の精密検査を経て、同医院における原告の傷病名としても、昭和五八年一〇月一一日以降の診療から腰椎椎間板症が追加され、さらに昭和五九年一〇月一六日以降の診療から第五腰椎不安定症が追加されている。

(3)  原告は右(2)の通院治療中の昭和五七年三月二一日夜間、腰部痛を訴え、救急指定病院である千鳥橋病院の治療(甲第七五、七六号証)を受けた。

(4)  原告は誠十字外科整形外科医院の指示を受けて、同医院での前示(2)の治療継続中、精密検査のため福岡市立第一病院において(イ)昭和五七年三月二七日から同年五月一一日まで四六日間入院(甲第三一ないし三五号証)、(ロ)同年五月一二日から昭和五八年四月六日までの間通院(実日数四〇日)(甲第三二ないし六〇号証、同第八七ないし九六号証、同第一一〇ないし一二三号証)治療を受けた。

原告は同病院において両根性座骨神経痛の診断(甲三一号証)を受けている。

(5)  原告は誠十字外科整形外科医院の指示を受けて、同医院での前示(2)の治療継続中の昭和五七年六月二三日九州大学医学部付属病院の精密検査(甲第六一号証、乙第八号証添付の同日付同病院河野医師作成の診断書)を受けた。

原告は同付属病院において、頸部に異常所見は認められないが、腰部に軽度の両座骨神経痛が認められ、X線検査によると第五腰椎と第一仙椎との間が狭少化している旨の診断を受け、手術の必要はなく、外来通院により牽引、超短波療法が相当である旨の診断を受けた。

(6)  原告は誠十字外科整形外科医院での前示(2)の治療継続中の昭和五八年四月四日から同年七月八日までの間、腰痛を訴え、木村外科病院で通院治療(実日数五日)(甲第一二四号証、第一二五号証、第一五五ないし一五七号証)を受けた。

(7)  原告は誠十字外科整形外科医院の指示を受けて、精密検査のため、同医院での前示(2)の治療継続中、総合せき損センター整形外科において、(イ)昭和五八年七月二二日から同年八月一五日まで通院(実日数三日)(甲第一四七ないし一四九号証)、(ロ)同年九月一日から同年一〇月一一日まで四一日間入院(甲第一五一ないし一五四号証、一七〇号証)治療を受けた。

原告は同センターの初診時に、頸部痛、背部痛、腰痛、両下肢のしびれ感、足先のぴりぴりした感じ等の自覚症状を訴えた。同センター医師は、頸部に異常を認めず、腰部については、腰部ミエログラフイー、第五腰椎及び第一仙椎間神経根造影、単純腰椎X線撮影の各検査により、(イ)第四及び第五腰椎間、第五腰椎及び第一仙椎間に前方よりの各硬膜圧排所見がある、(ロ)第五腰椎、第一仙椎ともに両側神経根造影所見は良好である、(ハ)第四及び第五腰椎間、第五腰椎及び第一仙椎間に各不安定性があるとの検査結果を得、(a)腰椎部に圧痛がある、(b)軽度の座骨神経症状がある、(c)両下肢の知覚障害及び運動障害はない旨診断し、手術は好結果につながりにくい、右(a)(b)の神経症状は下降しつつあるので仙骨裂孔からの硬膜外ブロツク、消炎鎮痛剤の投与等によつて外来治療による経過観察をしたうえ、手術の要否を検討するのが相当である旨診断している。

(8)  誠十字外科整形外科医院は、前示(4)の福岡市立第一病院、前示(5)の九州大学医学部付属病院及び前示(7)の総合せき損センター整形外科の各診断を受けて、前示(2)のとおり、それぞれ診療を継続した。原告は、終始、頸部、腰部、主として腰部の痛みを訴え続けた。

(9)  原告は経過観察として、昭和六〇年六月二六日、総合せき損センター整形外科の診察(甲第二一四号証)を受け、腰痛及び両下肢痛が残存するが症状は軽快している、前示(7)の初診時に存在した神経根症状は消失した、保存的治療法による治療が望ましい旨の診断を受けている。

(10)  原告は鎮痛剤の多用及び診療の長期化に因る心因的要素も加味して胃炎をわずらい、誠十字外科整形外科医院での前示(2)の治療継続中、大城外科胃腸科医院において、(イ)昭和五七年七月二八日、二九日通院(実日数二日)(甲第九九ないし一〇一号証)、(ロ)昭和五八年三月二八日から同年一二月二八日まで通院(実日数三三日)(甲第一四五号証、第一〇二ないし一〇九号証、第一三一ないし一四四号証、第一五八ないし一六四号証)、(ハ)昭和五九年一月四日から同年一月二四日まで通院(実日数四日)(甲第一六五ないし一六八号証)治療を受けた。

(四)  前示本件第二事故の態様、右(三)に認定した本件第二事故以降の原告の病状、診療経過、主訴、他覚的所見等を総合すると、原告は本件第二事故により頸部及び腰部に外力を受けたことも原因となつて、頸部捻挫、腰部捻挫の傷害を負い、鋭意治療を受けたが、昭和五八年一〇月一一日の総合せき損センター整形外科退院時頃には、その症状が固定し、腰部に頑固な神経症状を残す後遺症(自賠法施行令別表一二級一二号)が残存したものと認めるのが相当である。

証人服部進(第二回)は、右症状固定の時期について昭和五六年六月三〇日頃である旨証言し、乙第一〇号証中にも同人による同旨の診断結果の記載があるが、前示事実及び弁論の全趣旨によると、同人は誠十字外科整形外科医院の医師として原告の診療を担当した者ではあるが、昭和五七年一月頃同医院を退職しており、その後原告の病状を観察していないし、その後福岡市立第一病院、九州大学医学部付属病院及び総合せき損センター整形外科での各精密検査の結果、腰部に原告の症状を裏付ける他覚的所見が発見されているが、同人の右診断はこの点について十分な検討を加えているようには窺えないので、右診断は採用できないし、他に前示症状固定の時期についての認定判断を覆すに足りる証拠はない。

(五)  右の認定判断、前示(三)冒頭掲記の各証拠、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第七七ないし八三号証及び弁論の全趣旨によると、本件第一事故、本件第二事故とそれぞれ個別の相当因果関係(寄与度)のある各損害が何程であるかの点を留保すると、本件第二事故発生以後の全損害額は次のとおりであると認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  治療費 六九二万七一三六円

イ 誠十字外科整形外科医院 六六九万六九六四円

昭和五五年七月五日から昭和五七年三月二六日まで通院分二六四万八九九〇円(甲第一一ないし三〇号証)、同年四月一日から昭和五八年八月三一日まで通院分三四九万八九二〇円(甲第七〇号証、第八六号証、第一七三号証)、同年一〇月一一日から昭和六〇年四月三〇日まで通院分五三万五二八四円(生活保護による治療費補助により福岡市より直接同病院に支払われているが将来原告に請求される分五一万八九〇〇円(甲第一七四ないし一九二号証の点数合計五一八九〇点の一〇倍に相当する金額)及び自己負担分一万六三八四円(甲第二一三号証)の総合計額)、同年五月二日から同年六月二九日まで通院分一万三七七〇円(甲第二三〇ないし二四〇号証、第一九四ないし二一一号証)(国民健康保険三割自己負担分)(原告は残七割についても原告に請求があるので損害である旨主張するが、その法律上の見解は理由がないので採用しない。)の合算額六六九万六九六四円

ロ 千鳥橋病院 二二八〇円

昭和五七年三月二一日通院分二二八〇円(甲第七五、七六号証)

ハ 福岡市立第一病院 一六万三七六七円

昭和五七年三月二七日から同年五月一一日入院分一四万三六五二円(甲第三二ないし三五号証、第四七号証の範囲内)、同年五月一二日から昭和五八年四月六日まで通院二万〇一一五円(甲第三六ないし四六号証、第四八ないし六〇号証、第八七ないし九六号証、第一一〇ないし一二三号証の範囲内)の合算額一六万三七六七円

ニ 九州大学医学部付属病院 二九九一円

昭和五七年六月二三日通院分二九九一円(甲第六一号証)

ホ 大城外科胃腸科医院 四万九〇一〇円

昭和五七年七月二八日、二九日通院分九一六〇円(甲第九九ないし一〇一号証)、昭和五八年三月二八日から同年一二月二八日まで通院分三万六七三〇円(甲第一四五号証の二万九七一〇円と同第一四三号証、第一四四号証、第一五八ないし一六四号証の合計七〇二〇円の総計)、昭和五九年一月四日から同年一月二四日まで通院分三一二〇円(甲第一六五ないし一六八号証)の合算額四万九〇一〇円

ヘ 木村外科病院 四〇二四円

昭和五八年四月四日から同年七月八日まで通院分四〇二四円(甲第一二四号証、第一二五号証、第一五五ないし一五七号証)

ト 総合せき損センター整形外科 八一〇〇円

昭和五八年七月二二日から同年八月一五日まで通院分五三一〇円(甲第一四七ないし一四九号証)、同年九月一日から同年一〇月一一日まで入院分七五〇円(甲第一五一ないし一五四号証)、昭和六〇年一〇月三一日通院分五〇〇円(甲第一五〇号証)、昭和六〇年六月二六日通院分一五四〇円(甲第二一二号証)(国民健康保険三割自己負担分)(残七割の請求が理由のないこと前同様)の合算額八一〇〇円

尚、前示認定判断によると、原告の症状は昭和五八年一〇月一一日頃後遺症を残して症状固定したことが明らかであるが、そのことから直ちに、その後の治療が本件第一事故及び第二事故と相当因果関係を欠くに至るといつた性質のものではないのであつて、前示治療経過、治療内容に照らすと、右症状固定後の診療も残存する症状に対する対症療法ないし保存療法として行われていてその必要性、相当性が認められるのであるから、本件第一事故及び本件第二事故との間で相当因果関係を有するものである。

(2)  通院交通費 八万三七四〇円

イ 誠十字外科整形外科医院通院分八万二七九〇円

請求の原因三(二)(2)イ記載のとおり(尚、タクシー代につき甲第七七ないし八二号証)

ロ 福岡市立第一病院 九五〇円

昭和五七年三月二七日入院時タクシー代(甲第八三号証)

(3)  入院雑費 三万二二〇〇円

福岡市立第一病院入院四六日間一日当り七〇〇円

(4)  逸失利益 四八一万一一三六円

原告は昭和二七年六月一三日生れ(本件第二事故当時二八歳)で土木業に従事し、前示年収二五七万二八〇〇円を下ることのない収入を得ていたところ、本件第二事故の日の翌日である昭和五五年七月五日から昭和五五年一〇月四日までの三か月間は一〇〇パーセント、昭和五五年一〇月五日から昭和五六年一〇月四日までの一年間は五〇パーセント、昭和五六年一〇月五日から昭和五七年一〇月四日までの一年間は四〇パーセント(途中入院期間もあるがおしなべて)、昭和五七年一〇月五日から昭和五八年一〇月四日までの一年間は三〇パーセント(同)、昭和五八年一〇月五日から三年間は一四パーセント(同)の各労働能力を喪失し、合計四八一万一一三六円の得べかりし利益を喪失したと認めるのが相当である。

(5)  慰謝料 二〇〇万円

前示本件第二事故以降の受傷の部位、程度、治療経過、後遺症の程度、その他本件口頭弁論に顕われた諸般の事情を総合すると、原告が本件第二事故発生後蒙つた精神的損害を慰謝するには二〇〇万円をもつて相当とする。

(6)  弁護士費用 一〇〇万円

本件訴訟の経過、難易度、認容額その他諸般の事情によると、本件第二事故発生後に原告に生じた弁護士費用の損害は一〇〇万円と認めるのが相当である。

(7)  右(1)ないし(6)の損害の合計は一四八五万四二一二円となる。

五  本件第一事故及び本件第二事故との各個別的因果関係(寄与度)

前示の認定判断、とりわけ原告は比較的短期間内に四回の交通事故にあつており、その各受傷の部位も頸部捻挫、腰部捻挫(本件以前の第一事故の場合は腰部捻挫はない。)と共通であり、各事故による受傷部位の治療継続中にさらに同一部位に後発の交通事故に因る外力を受けた(本件以前の第二事故の際には、本件以前の第一事故による負傷は治癒していたが、本件第一事故も心因性の点で後発の事故による症状の遷延に影響を与えていることは否定し得ない。)こと、このため単発の交通事故の場合には見られない程神経症状が遷延し診療の長期化をもたらしたものと窺えること、右診療の長期化には交通事故の多発からくる原告の心因的要素(他覚的所見の認められない頸部について終始異常を訴えていることによつても窺える。)も否定し難いこと、本件各事故に因る負傷の直前の症状の残存程度、各治療経過等を総合すると、(1)前示三の本件第二事故発生までの全損害一〇四万五七七七円の内二割に相当する二〇万九一五五円は本件以前の第二事故の責任主体に帰責すべきであり、残八割に相当する八三万六六二二円が本件第一事故の責任主体である被告楢原による本件第一事故と相当因果関係(寄与度)を有する損害であるといえるから、結局同被告が本件第二事故の発生までに生じた損害につき賠償責任を負担するのは前示二割の過失相殺をした残額六六万九二九七円となり、(2)前示四の本件第二事故発生以後の全損害一四八五万四二一二円の内二割に相当する二九七万〇八四二円が本件第一事故の責任主体である被告楢原による本件第一事故と相当因果関係(寄与度)を有する損害であるといえるから、結局同被告が本件第二事故発生以後に生じた損害について賠償責任を負担するのは前示二割の過失相殺をした残額二三七万六六七三円となり、(3)本件第二事故以後の全損害一四八五万四二一二円の残八割に相当する一一八八万三三六九円は本件第二事故と相当因果関係(寄与度)を有するものとして同事故の責任主体である被告会社及び被告徳永が負担すべき関係にあると認めるのが相当である。

六  損害の填補

原告が被告楢原から四〇万円及び被告楢原車の自賠責保険から一二〇万円合計一六〇万円の損害の填補を受けたことは当事者間に争いがないので、これを被告楢原が負担すべき右五(1)の六六万九二九七円及び右五(2)の二三七万六六七三円の合計三〇四万五九七〇円に充当すると未填補の損害額は一四四万五九七〇円となる。

また、原告が被告徳永車の自賠責保険から一二〇万円の損害の填補を受けたことは当事者間に争いがないので、これを被告会社及び被告徳永が負担すべき右五(3)の一一八八万三三六九円に弁護士費用、その他の損害の順に充当すると未填補の損害額は一〇六八万三三六九円となる。

七  結論

右に説示したとおりであるから、原告の本訴請求は被告楢原に対し一四四万五九七〇円及びこれに対する本件第一事故後の昭和五五年七月五日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、被告会社及び被告徳永に対し各自一〇六八万三三六九円及びこれに対する本件第二事故の翌日である昭和五五年七月五日から完済まで前同様年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度でそれぞれ理由があるのでこれを認容し、被告らに対するその余の請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、なお被告楢原の仮執行免脱の申立は相当でないのでこれを付さないことにして、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮良允通)

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